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2013年11月30日
史学科


知名教授が沖縄で講演

講演タイトル講演タイトル 熱弁する知名教授熱弁する知名教授 身振り手振り身振り手振り 熱心に聞き入る会場の皆さん熱心に聞き入る会場の皆さん 仲尾次 政隆の賛歌を熱唱する大工 哲弘氏仲尾次 政隆の賛歌を熱唱する大工 哲弘氏 終了後、喜びを語り合う大工 哲弘氏と知名教授終了後、喜びを語り合う大工 哲弘氏と知名教授

2013年11月30日・土曜日、沖縄県立博物館・美術館講堂で開催された真宗ネットワーク・琉球主催の琉球仏教史講座で、神女大・文学部史学科の知名教授が「近世琉球の宗教的偉人 仲尾次政驍ェのこしたもの」と題して講演しました。

仲尾次 政驍ヘ、かのペリーが那覇湊に渡来した琉球時代の末期、薩摩藩との関係で禁止されていた浄土真宗に帰依し、主に遊女を対象に積極的な布教活動を行った人物で、密告によって信仰が発覚、石垣島に流刑となりました。流刑生活中、島民の悲願であった宮良川架橋に尽力し、その社会貢献が評価され、赦免されて11年ぶり那覇へ戻りました。

宮良川に架かっていた橋は、石垣島の東西を結ぶ重要な橋でしたが、八重山諸島に甚大な被害をもたらした1771年の大津波で流され、以後、90年間も再建されることがありませんでした。1艘の渡し舟がありましたが不便きわまりなく、島民は干潮時の浅瀬を徒歩で渡らざるを得ず、怪我をする者がでたり、時には流されて命を落とす者もいました。

仲尾次政驍ヘ、1860年、全財産を投げ打ち、3ヶ月を費やして橋を完成させたのですが、その2ヶ月後に台風が襲来して橋は破損してしまいました。それにひるむことなく、仲尾次政驍ヘ翌年に改めて橋を修復したのです。長年に亘って苦しんできた島民は、これを感謝して赦免請願を行い、11年ぶりに帰郷が実現したのです。

今回の講演で、知名教授は仲尾次 政驍フ社会事業だけでなく、彼の活動を支えた真宗信仰の内実との関係性について主に論及しました。仲尾次 政驍フ業績については既に伊波普猷の卓越した研究があることは知られていますが、真宗信仰との関連性についての研究蓄積はほとんど見当たらないと知名教授は指摘し、仲尾次 政驍フ社会的活動の全てが実は彼の真宗信仰の内実と密接不可分であったことを、史料を分析・解釈しながら強調しました。また、仲尾次 政驍ェ遊郭に布教活動の拠点を置いたのは、信仰露見を防ぐ狙いがあったとする従来の見解に対し、知名教授は遊女の苦しみや悲しみを理解していた仲尾次 政驍ヘ、彼女らこそが阿弥陀仏の救済の対象であるとの認識を持っていた、と指摘しました。

知名教授の講演の後、八重山民謡の第一人者大工 哲弘氏のステージがあり、仲尾次 政驍フ事業に感謝する石垣島の人々が、赦免を祝う席で歌った「仲尾次主口説」や八重山の念仏歌を披露し、最後には大工 哲弘氏が即興で創った歌詞を八重山の代表的民謡「とばりゃーま」の節にのせて迫力満点の歌を披露して、会場は大いに盛り上がりました。

受講生の中には沖縄の知名人も来場し、また、沖縄に在住する神女大の卒業生も駆けつけました。知名教授は「仲尾次 政驍ノついて語るならば、大工 哲弘さんとのコラボが念願でした。やっと実現してこんなに嬉しいことはありません」と興奮気味に話していました。


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