(イメージ画像)

古典芸能研究センターは、行吉学園発祥の地である三宮キャンパス(神戸市中央区)にあります。
能楽資料の橘文庫、民俗芸能資料の喜多文庫をはじめ、古典芸能や民俗芸能に関する書籍・資料を幅広く備えた研究施設です。芸能に関連する様々な分野の資料を収集しており、個別の分野はもちろん、より総合的な調査・研究の拠点となっています。
なお、所蔵する資料は、学生・社会人を問わずどなたにもご利用いただけます。

最新情報

最終更新日:2018年5月15日

5月の資料

古典芸能研究センター所蔵の様々な資料の中から、毎月1点紹介します。

閻魔王図(部分)
資料画像
志水文庫蔵 十王図粉本から閻魔王図
紙本墨書 十軸の内の一軸 江戸時代書写 画家不明

 【十王図】十王とは、冥界の十人の王のことである。人は死ぬと、初七日から三年忌に至るまでの間に、この十人の王の前を通過し生前の所業を裁かれる。十王の姿は、中国・朝鮮で十王図として絵に描かれるようになる。その中でも、特に中国宋代の十王図が多く日本に伝わり、日本において新たに十王図が展開していくこととなる。日本で製作された十王図は、中国の図を参考にしつつ、そこに日本特有の本地仏を付け加える形をとる。掲出の「十王図粉本」は、室町時代の絵師土佐光信筆の十王図(京都 浄福寺蔵)の粉本。原本の忠実な模写と、各所に記された色指定の詳細さが注目される。成立は江戸期か。絵師は不明である。元の図である浄福寺本十王図は、裏書や『実隆公記』の記述から、延徳元年(1489)後土御門天皇の逆修のために描かれたもので、後奈良天皇によって淨福寺に下賜されたものであるとわかる。
 【閻魔王】よく知られているとおり、閻魔王は冥界の王であり、死者は閻魔王の前で生前の罪障を問われ、地獄・極楽へと送られる。インドのヤマが仏教に取り入れられて閻魔となるのだが、中国ではさらに十王信仰と結びつき、地獄の裁判官である十王の一人と位置づけられるようにもなる。
 【説経での閻魔王】説経『あいごの若』では、早くに亡くなり冥界にいたあいごの若の母親は、息子の危機を知り閻魔王に願い出て鼬に姿を変えてこの世に戻り息子を救う。説経『をぐり』では、毒殺された小栗とその家来十人は、閻魔王の前に引き出され、家来達の嘆願により、小栗は甦ることが許さ、小栗と共に死んだ十人の家来が、十王として斎われる。

当サイトのデータについて

神戸女子大学古典芸能研究センターが公開しているすべてのホームページおよびそこに含まれる画像データ・テキストデータ等は、神戸女子大学が著作権を有しており、その扱いは日本の著作権法に従うものとします。これらのデータを、法律で認められた範囲をこえて、著作権所有者に無断で複製・転載・転用することは禁止します。

ページのトップに戻る

学校法人行吉学園

(C) 2008 YUKIYOSHI INSTITUTE. All Right Reserved.