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古典芸能研究センターは、行吉学園発祥の地である三宮キャンパス(神戸市中央区)にあります。
能楽資料の橘文庫、民俗芸能資料の喜多文庫をはじめ、古典芸能や民俗芸能に関する書籍・資料を幅広く備えた研究施設です。芸能に関連する様々な分野の資料を収集しており、個別の分野はもちろん、より総合的な調査・研究の拠点となっています。
なお、所蔵する資料は、学生・社会人を問わずどなたにもご利用いただけます。

最新情報

最終更新日:2019年6月4日

6月の資料

古典芸能研究センター所蔵の様々な資料の中から、毎月1点紹介します。

書簡1枚目
資料画像

江崎家旧蔵資料
昭和21年1月3日付
横山栄蔵より江崎金次郎あて書簡
写 1通

  昭和21年(1946)1月3日付で、横山杣人(栄蔵)がワキ方福王流9世江崎正左衛門直康(金次郎)に宛てた書簡。「沼艸雨原稿用紙」の印字がある200字詰原稿用紙B5縦判4枚に墨書されている。杣人が亡くなる5日前に書いた江崎直康宛ての最後の書簡であり、内容は、新年の挨拶と、昨年12月26日に大阪朝日会館において催された梅若猶義会についての報告である。その他、『大阪新聞』昭和20年12月28日付掲載の沼艸雨による梅若猶義会能評の切り抜きと、遺族が江崎直康に宛てた杣人の死亡通知の葉書1通(「郵便はがき」の表裏面にペン書)が同封されている。死亡通知の葉書は、江崎直康によって後に封筒に入れられたものであろう。
 関西における能楽研究の草分け的存在の一人である横山杣人は、明治7年(1874)明石生まれ、本名を栄蔵といい、明治31年(1904)に31歳で能楽雑誌への寄稿を開始すると、その後、謡本研究、能楽研究資料の紹介、能評、能界の動向など、能楽に関わるさまざまな原稿を、10誌を超える雑誌・新聞に発表し続けた。旺盛な執筆活動を続けた杣人であったが、その晩年に影を落としたのが太平洋戦争であり、戦災で住居を失った杣人は、昭和20年12月に明石市和坂(かにがさか)町の市営寮に転居すると、翌年正月8日に73歳の生涯を閉じた。多くの能楽関係者と交流を持った杣人だが、特に姫路在住の江崎直康とは親交が深く、古典芸能研究センターには、杣人が直康に宛てた、昭和14年(1939)から同21年までの計14通の書簡・葉書が所蔵されている。これら14通の内容は、杣人の能楽研究に関わる学究的な内容にとどまらず、戦前から戦後にかけての関西能楽界の動向に関する記述も多数含まれており、昭和能楽史の一端を示す資料としても貴重である。
 なお、この資料は、坂田昭二著『横山杣人の歳月』(平成12年和泉書院刊行)においても紹介されている。

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