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古典芸能研究センターは、行吉学園発祥の地である三宮キャンパス(神戸市中央区)にあります。
能楽資料の橘文庫、民俗芸能資料の喜多文庫をはじめ、古典芸能や民俗芸能に関する書籍・資料を幅広く備えた研究施設です。芸能に関連する様々な分野の資料を収集しており、個別の分野はもちろん、より総合的な調査・研究の拠点となっています。
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最新情報

最終更新日:2020年9月11日

9月の資料

古典芸能研究センター所蔵の様々な資料の中から、毎月1点紹介します。

伊藤正義文庫蔵 「米田松晴会催会記録」

資料画像

菊判罫入洋紙帳面 全5冊
  大正8(1919)年10月~昭和22年(1947)10月
伊藤正義文庫(米田晴雲関係資料)

  シテ方観世流能楽師の米田晴雲(大阪師北区浪花町住)主宰「米田松晴会」の催会記録。主宰者自身が、各会の日時・会場・演目・出演者等を記し短い感想を付す。大正8年10月の起筆で、米田没後(昭和19年5月まで存命)は、同会の永井敏弘・高山英也、また同会に係わった観世流能楽師の上野朝太郎などによって書き継がれている。大正期半ばから第二次世界大戦直後までの、能や謡をめぐる時代状況や謡曲愛好家の様子をうかがうことのできる貴重な資料である。例えば、戦時中の謡会は「時局柄」制約も多く、規模も縮小されて簡素になっており、演目には「忠霊」「皇軍艦」といった戦時下の新曲が頻繁に登場する。
  米田晴雲(本名 奈良三郎)は、明治44年から謡教授を始め、大正3年に松晴会を始めている。当初は月並会のみだったが、大正5年以降は春秋季の大会や別会も開催していた。大正8年8月に貴田政三の取立で観世流に入門、大西(手塚)亮太郎門下の能楽師として、同年秋からシテ方として舞台をつとめた。大西亮太郎没後は、後継の手塚貞三門下で活躍した。
  米田は筆まめな人物だったらしく、自身の出演記録(非公開の会・地謡以外)や子息(義昭、昭和18年没)の出演記録、敷舞台新設時や翁・俊寛の披きの際の記録なども遺している。

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